青は、藍より取りて、藍より青し

青は、これを藍より取りて、しかも藍より青し。
冰は、水これを為して、しかも水より寒し。

荀子 勧学篇

青い色は藍草で染めるが、藍よりも青い。
氷は水からできるが、水よりも冷たい。

能力と教育

「出藍の誉れ」はこの一節からきているが、荀子は「鳶が鷹を生む」という意味で使ったのではなく、教化することで天性が変わることを説いている。
その一方で、荀子は能力に応じた適材適所を説く実力主義者であり、現実主義者でもある。

教育が難しいことは今も昔も変わりはない。
同じことを同じように教えても、理解度には個人差があり、その後の成長にも違いがある。
植物の種と同じで、同じ場所に蒔き、同じように水を与えても、すくすくと育つ種もあれば、そうでないのもある。
結局、教育は切っ掛けを与えるに過ぎず、その切っ掛けから成長するしないは、個人の能力次第というところが大きい。

昨今は人手不足もあって新人がやたらと過保護にされている気がしないでもない。
毎年4月~5月になると「やる気のない新人に仕事をしてもらう方法」みたいな本や記事を目にするが、「勉強しない子供にやる気を起こさせる」とは訳が違う。
仕事は義務教育ではないので、やる気が無いのであれば早々に消えてもらう方が、会社にとっても本人にとってもメリットが大きい。

ただ、本人にやる気があっても、物覚えが悪かったり、要領が悪かったり、同じミスを繰り返すなどは、教育者が云々ではなく、能力的な問題だったりするので、そのあたりは会社として対応を考える必要がある。

新人のモチベーションを上げるとか、うまく打ち解け合うとか、そんなことを気にしてたら教育などできないし、モチベーションを上げたり、うまく立ち回ったりするのは、処世術の基本として新人が最初に身につけるべきもので、教えてもらうものでもない。

荀子には教化の術は記されておらず、教化の末に有能であれば抜擢し、無能であれば追放し、根っからの悪人は強化しても無駄だから処刑しろと記してある。
どうやら教化することで天性は変わるかもしれないが、変わるか否かは本人次第ということらしい。